第2回「人・自然・生命」シンポジウム を開催しました
活動報告
2025年11月28日(金)、イイノホール(東京都千代田区)にて第2回「人・自然・生命」シンポジウムを開催しました。「日本人の忘れ物 ~日本人の自然観~」をテーマに、風土・民俗学・デジタル技術・伝統美・植物文化など、多彩な分野の登壇者が議論を交わし、自然と人間が共に生きる持続可能な社会像を考えるとともに、GREEN×EXPO 2027に向けた期待を語っていただきました。
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正則学園高校の花いけ男子部(2024年花いけバトル優勝)が装飾した会場の様子


基調講演の様子


パネルディスカッションの様子
<シンポジウム・レポート>

基調講演①
あん・まくどなるど氏(上智大学地球環境学研究科教授)
1982年、高校生のときに初来日した。大学時代にもう一度来て以来、いろいろな地方を拠点にしてきた。そこから日本国内と海外の農村や漁村を巡り、農業や漁業がどのように気候変動に適応しているのか、あるいは適応していないのか、見つめて来た。
私がサステナビリティの鍵になると思っているのは、島国に住んでいる日本人が生まれたときから環境の中で感じている「資源は無限ではなく有限である」ということだ。日本には“マイクロの自然界”に美しいものがいっぱいある。それを大事にしてくれているのは、日本の農村や漁村に暮らしている人々だ。彼らの話、彼らの自然観に、目や耳を傾けることによっていろんなソリューションが生まれてくるのではないかと思っている。

基調講演②
落合陽一氏(メディアアーティスト)
寺田寅彦という物理学者で随筆家の方がいて、今から90年前、西洋的二元論では自然と人間を対立的に考えるが、東洋的自然観では、人間と自然風土が一つの自然を有機的に作っていると考えた。
新しいコンピューターが出て来てからの新しい自然を考えると、自然も人工物も計算も物体も、それらは有機体であって、そこには分け隔てない世界観が広がっていると私は捉えている。日本人の自然観と言ったときに、不可分な有機体であるコンピューターが入ってきて、さらに大きな不可分な有機体になってしまった。コンピューターを使いながら、この自然と伝統と文化とが合わさることをおもしろいと思う人たちをどれだけこの国に増やしていくかということが、大きな使命であると考えている。
パネルディスカッション
西村明美氏(柊屋 六代目女将)
陰陽五行を用いて京都が選ばれ、「平安京で人々が平和で豊かでありますように」という土地選びがあったからこそ、千年間続いてきた。そして、京都は公家社会で、ここが千年間、日本の都であったという責任と、次の世代に伝えたいという思いを日々感じている。
旅館については、昭和13年に京都市が発行した本にも、「最も多くの接客時間を有する宿泊業の使命と責務は大きい」と書かれているほどだ。旅館の部屋では、お花がすごく大事で、空間のつながりをつけて花を飾るということをしている。そして、人間と空間と時間、それぞれの「間」の和、そうした「和の空間」を作っていくことが、日本人の独特の文化だと思っている。それを次の世代につなげていきたい。


湯浅浩史氏(一般財団法人 進化生物学研究所 理事長兼所長)
万葉集の選者と言われている大伴家持は4516首のうち、およそ10分の1を読んでいる。なかでも60あまりの植物について歌っており、そのうちの3分の1は庭の植物を選んでいる。野のユリを引き抜いてきて植えていたり、ナデシコの種を蒔いて育てていたりする。これは日本で最初の、種を蒔いた記録だと思う。
また、自然と日本人の信仰についての関わりで言うと、ツツジやショウブ、アジサイなど日本の伝統的な植物で世界に広がったものには香りがない。これが、無味無臭、色もない、音もしない、匂いもない、という日本の神道ともつながっていると思う。くどいとか強烈だとか、そういう世界ではなく、静かに浸透していくような世界が日本の文化の根本にあるのではないか。
あん・まくどなるど氏(上智大学地球環境学研究科教授)
2008年からコロナ禍前まで、能登半島輪島、舳倉島の海女さんの研究をさせてもらった。17歳から92歳の海女さんの聞き取り調査を行ったが、「海藻がなくなり、それがアワビなどにどういう影響を及ぼしているのか…」など、ある意味では、科学者より彼女たちの考察は先を行っていた。海女さんたちのような「常民」から見ると、自然界は動的で、共に生きていかなければいけないが、気候変動による変化の速さがすさまじいことが大きな課題だと感じる。
我々の内側にある自然観と目の前で変化している自然観との付き合いをどうしていけばいいのか。やはりテクノロジーの力も生かしながら、新たな自然観を作り上げていくことが大事だ。


落合陽一氏(メディアアーティスト)
日本ではセミパブリックな空間が多用される。旅館でいうと、浴衣で行っていい場所と行けない場所があり、セミパブリックな場所がほとんどになっている。つまり、パブリックスペースでかつ、ただ、外の空間とはまたちょっと違うという空間だ。里山と深山の境界面も、人間と動植物のセミパブリックな空間であり、そこがすごく文化の中で重要だと思っている。
狂言でいう「この辺」というのも、どこでもなくてどこにでもある、何か我々の意識の中にはあるが、どことは明言はできない、おそらく半分ぐらい公共的な空間みたいなところなのではないか。そういったものをどう捉えるかという文化的な味わいがおもしろいと思う。
涌井史郎氏(GREEN×EXPO ラボ チェアパーソン)
我々は常に「生態系サービス」という形で自然の恩恵を受けている。その自然との見合いの中で、“ぬるぬるした関係”の中で、ある一つの文明文化を築いてきた。その「積層」が歴史だ。自然とどう関わってきたかという歴史をしっかり踏まえることが、“漂流せず海底にアンカーを打ちこむこと”に通じる。
今度の博覧会では、その土地の持っている潜在的な力をどのように引っ張り出してどのような会場計画を作るのかというところに力点を置いていきたい。
